映画「マイケル」の評価は?父親との確執と切ないラスト

映画『Michael/マイケル』を観てまず感じたのは、これはマイケル・ジャクソンさんの人生すべてを描く映画ではなく、父親の支配から抜け出し、自分のステージを取り戻すまでの物語だということです。

ジャクソン5として幼い頃から注目され、世界的スターへと駆け上がっていく姿は華やかです。

一方で、父親との確執や、ステージに立ち続けることへの重さも描かれており、単なる成功物語には見えませんでした。

さらに、マイケルさんのその後の人生を知っていると、映画のラストはより切なく映ります。

この記事では、映画『Michael/マイケル』がどこまで描いているのか、父親との関係、そして華やかなラストがなぜ切なく感じたのかを考察します。

目次
スポンサーリンク

映画『Michael/マイケル』はどこまで描く?ネタバレありで解説

※ここから映画『Michael/マイケル』のネタバレを含みます。

父親に作られたスターから自分で時代を動かす存在へ

映画『Michael/マイケル』で描かれる父親との関係は、マイケル・ジャクソンさんの人生を語るうえで避けて通れない部分です。

父親ジョー・ジャクソンさんは、幼いマイケルさんの才能を見出し、ジャクソン5として表舞台に立たせた人物でした。

その意味では、マイケルさんが世界的スターへ進む道を作った存在でもあります。

ただ、映画の中で強く感じたのは、マイケルさんがいつまでも父親に作られたスターのままではいなかったことです。

幼い頃のマイケルさんは、父親の管理のもとで歌い、踊り、ステージに立っていました。

しかし成長するにつれて、彼は自分の音楽、自分の契約、自分の見せ方を自分で決めようとしていきます。

映画では、弁護士を雇い、契約やビジネスを見直す流れも描かれていました。

そこには、家族ビジネスの延長線上で活動するのではなく、ひとりのアーティストとして自分のキャリアを動かそうとする意思が見えました。

さらに印象的だったのが、MTVをめぐる場面です。

マイケルさんは、ただヒット曲を出す歌手ではなく、ミュージックビデオそのものの見られ方を変えていく存在として描かれていました。

黒人アーティストのミュージックビデオが音楽専門チャンネルで本格的に流れる時代を切り開き、音楽の届け方まで変えていきました。

ニューヨークの路上でタクシーの上に立ち、手を上げる姿は、父親に導かれていた少年が、やがて音楽シーンそのものを動かす存在になったことを象徴しているようでした。

だからこの映画は、単なる成功物語ではありません。

父親に作られたスターだったマイケルさんが、自分の意思でステージに立ち、自分の力で時代を動かしていくまでの物語でもありました。

スポンサーリンク

ペプシ事故後もステージへ戻る姿が印象的

映画『Michael/マイケル』で印象に残った場面のひとつが、ペプシのステージで起きる事故です。

実際には、1984年にペプシのCMを撮影していた際、マイケル・ジャクソンさんの髪に火がつき、頭部に火傷を負った事故として知られています。

ただ、映画の中では単なる撮影中の事故ではなく、マイケルさんが自分の人生や家族との関係を見つめ直す転機として描かれていました。

華やかなステージの上で起きた突然の事故。

その場面には、世界的スターとして人々の前に立ち続けることの怖さも滲んでいました。

事故のあと、マイケルさんは病床にいながらも、ステージへ戻ることを選びます。

そこにあったのは、痛みから逃げない強さだけではありません。

家族を背負い、期待を背負い、それでも自分の人生を止めないという意思でした。

この時点のマイケルさんは、まだ父親や家族との関係を完全に断ち切っていたわけではありません。

むしろ、これまで背負ってきたものを抱えたまま、それでも前に進もうとしていたように見えます。

だからこそ、この映画でのペプシ事故は、単なる悲劇ではありません。

マイケルさんが「自分はステージに戻る」と決める、大きな転機でした。

父親に導かれて立ってきたステージから、少しずつ自分の意思で立つステージへ向かっていく。

その変化が、この事故後の姿から伝わってきました。

スポンサーリンク

父親との確執が映画『Michael/マイケル』の大きな軸

映画『Michael/マイケル』で強く残ったのは、マイケル・ジャクソンさんと父親ジョー・ジャクソンさんとの関係です。

父親は、マイケルさんの才能を見出し、スターへの道を作った人物でした。

ただ、映画の中で描かれる父親は、息子をひとりの子どもとして見るというより、成功のための存在としてマイケルさんを見ていたようにも映ります。

幼いマイケルさんは、歌やダンスを厳しく仕込まれ、普通の子どものように遊ぶ時間よりも、ステージで結果を出すことを求められていました。

本来なら守られるはずの子ども時代が、最初から仕事と練習の中に組み込まれていたように感じます。

自分の意見を言うより、父親に従うことを求められる日々。

その環境の中で、父親は安心できる存在というより、マイケルさんにとって大きな緊張を生む存在になっていったように見えました。

さらに重く残ったのは、マイケルさんが体調を崩した場面です。

父親は息子の容体を気にかけるというより、いつステージに戻れるのかを気にしていました。

この描写からは、マイケルさんが「大切な子ども」としてではなく、稼ぎ続ける存在として見られていた苦しさが伝わってきます。

映画では、幼いマイケルさんがピーターパンの物語に触れる場面もあり、だからこそネバーランドの存在も切なく見えました。

あの場所は、ただの豪邸や遊び場ではありません。

子どもの頃に自由に遊べなかったマイケルさんが、失った時間を自分の手で作り直そうとした場所のようにも感じます。

誰かに管理されず、好きなものに囲まれ、子どもの頃に憧れた世界に浸れる場所。

ネバーランドには、世界的スターになっても消えなかった寂しさがにじんでいました。

そして、映画の終盤でマイケルさんがステージ上から「これが最後のツアーになる」と告げる場面につながります。

それは、父親や周囲に許可を取るための言葉ではありませんでした。

自分の人生を、自分で決めるための言葉でした。

父親に期待され、家族を背負い、ステージに立ち続けてきたマイケルさんが、最後は自分の意思で終わりを決める。

あの宣言は、父親への反発というより、父親に作られてきた人生から、自分の人生へ戻るための決別に見えました。

スポンサーリンク

ジャファー・ジャクソンの再現度がすごい

映画『Michael/マイケル』で大きな見どころになっていたのが、主演ジャファー・ジャクソンさんの再現度です。

ジャファーさんは、ジャクソン5のメンバーだったジャーメイン・ジャクソンさんの息子で、マイケルさんにとって甥にあたります。

1996年7月生まれで、映画公開時は29歳です。

最初にスクリーンで見たときは、顔立ちや目元に少し違いを感じる場面もありました。

2回目に観ると、歌やダンスの場面だけでなく、話し方や姿勢、歩き方までマイケルさんに近づいて見え、最初に感じた違和感はかなり薄れていきました。

歌やダンスのシーンでは、その再現度が一気に増します。

ステージで踊る姿は単なるものまねではなく、マイケルさんの動きや表情を身体に入れ込んでいるように見えました。

歌そのものは、マイケルさん本人の音源の力も大きいと感じます。

それでも、視線の動かし方、首の角度、手先の使い方、ステージ上での空気感は、まるでマイケルさんが乗り移ったような迫力がありました。

この映画は、物語だけでなくショーとしての見応えも強い作品です。

ただ、アカペラやスタジオ録音の場面ではジャファー・ジャクソンさん自身の歌声が使われ、コンサートシーンではマイケルさん本人の音源にジャファーさんの声を重ねている部分もあるとされています。

さらに、ジャファーさんは世界規模のキャスティングを経て、長い準備期間の末にマイケルさん役に挑んだと報じられています。

単に見た目や動きをまねるのではなく、マイケル・ジャクソンという存在をひとつの表現として身体に入れようとしていたからこそ、スクリーン上の動きに説得力があったのだと感じました。

マイケルさんの母キャサリン・ジャクソンさんも、ジャファーさんについて「息子を体現している」と称賛したと報じられており、家族から見ても特別な再現度だったことがうかがえます。

ジャファーさんのダンスシーンがあることで、マイケル・ジャクソンさんがなぜ世界中を熱狂させたのかを、映像としてもう一度体感できる映画になっていました。

この反応にもあるように、映画『Michael/マイケル』はストーリーを追うだけでなく、マイケルさんの音楽とステージを全身で浴びるような作品でもありました。

スポンサーリンク

映画「マイケル」の評価は?華やかなラストに残る切なさ

映画「マイケル」を高く評価できるのは、マイケル・ジャクソンさんのステージを、ただの再現ではなく“体験”として見せてくれたところです。

歌、ダンス、照明、観客の熱狂。

スクリーンの中のマイケルさんは、まさに世界中を夢中にさせたスターそのものでした。

ジャクソン5として注目され、父親に厳しく鍛えられ、やがて自分だけのステージへ向かっていく流れには、音楽映画としての高揚感があります。

特にラストは、マイケルさんが父親の支配から離れ、自分のステージを取り戻す場面として強く残ります。

観客の前に立つマイケルさんの姿は華やかで、力強く、まぶしいほどでした。

ただ、その後の人生を知っていると、このラストは単純な成功物語には見えません。

マイケルさんはその後も多くの名曲を残し、世界中に影響を与え続けました。

一方で、後年には疑惑や裁判、外見の変化、孤独、そして突然の死もありました。

疑惑の真偽をここで判断することはできません。

それでも、世界中を熱狂させたスターが、晩年に重い疑惑と孤独を背負いながら亡くなったこと自体に、どうしようもない切なさが残ります。

映画がきらびやかなステージで終わるからこそ、その先に待っていた孤独や痛みまで思い出してしまう。

だからこそ、このラストは美しいだけでは終わりません。

マイケルさんがようやく自分のステージを選んだ瞬間でありながら、その後の人生を知っている観客には、栄光の光と孤独の影が同時に残るラストでした。

スポンサーリンク

映画『Michael/マイケル』の口コミは?絶賛とモヤモヤの声

映画『Michael/マイケル』への反応を見ると、まず目立つのはライブシーンや音楽体験への高評価です。

IMAXで観たい、何度も観たい、ムーンウォークの場面で泣いたという声もあり、映画そのものを「音楽を浴びる作品」として受け取った人は多いようです。

また、主演ジャファー・ジャクソンさんの再現度に驚く声も多く見られました。

顔立ちが完全に同じというより、動きや立ち姿、ステージ上の空気感がマイケルさんに重なる瞬間があるという反応です。

一方で、すべてが絶賛だけではありません。

ジャクソンファミリーとの関係についても、気になる声が出ています。

報道では、妹のジャネット・ジャクソンさんは映画で描かれることを辞退したとされ、娘のパリス・ジャクソンさんも映画への関与はなかったと発言しています。

そのため、映画を観た人の中には、家族関係がどこまで描かれているのか、あるいは美化されているのではないかと感じる人もいるようです。

ジャクソンファミリーとの関係が美化されているのではないか、映画で描かれる「きれいではない面」がどこまで踏み込まれていたのか気になるという声もあります。

実際に観てみても、この映画は後年の疑惑や晩年の孤独を深く描く作品ではなく、父親の支配から抜け出し、自分のステージを取り戻すまでに焦点を当てた作品でした。

だからこそ、マイケルさんの輝きを浴びて興奮する人がいる一方で、その後の人生を知っている人ほど、華やかな場面の先に切なさを感じる映画でもあります。

スポンサーリンク

まとめ

映画『Michael/マイケル』は、マイケル・ジャクソンさんがなぜ“キング・オブ・ポップ”と呼ばれたのかを、改めて突きつけてくる作品でした。

歌、ダンス、ステージに立つ姿には圧倒的な説得力があり、スクリーン越しでも興奮できる場面が何度もあります。

特にジャファー・ジャクソンさんのダンスシーンは、ただ似せているだけではなく、マイケルさんの身体の動きや空気感まで再現しようとしているようで見応えがありました。

一方で、映画はマイケルさんの人生すべてを描く作品ではありません。

後年の疑惑や晩年の孤独には深く踏み込まず、父親の支配から抜け出し、自分のステージを取り戻すまでが中心です。

だからこそ、華やかなラストの先に待っていた人生を知っていると、少し物足りなさと切なさも残ります。

それでも、この映画でスクリーンに映るマイケルさんの輝きは本物でした。

世界中を熱狂させたスターの凄みと、その裏にあった孤独。

映画『Michael/マイケル』は、興奮と悲しさが同時に残る作品でした。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次