2023年公開の映画『ロストケア』で描かれた犯行は、単なる衝動ではありませんでした。
主人公はなぜ高齢者に手をかけたのか。
そして、なぜそれを「救い」だと信じたのか。
本記事では、感情ではなく“構造”の視点から、犯人の動機を整理します。
父との関係、制度の壁、そして自己正当化の過程を辿りながら、物語の核心に迫ります。
犯行のきっかけは何だったのか

父親の介護は、ある日突然始まったわけではありません。
少しずつ、確実に、生活を侵食していきました。
働ける年齢であることを理由に生活保護は認められず、収入は途絶え、社会との接点も失われていきます。
追い詰められていったのは、父だけではありません。
息子自身もまた、制度の隙間に取り残されていました。
💡ポイント
・経済的困窮
・社会的孤立
・介護の長期化
・逃げ場の喪失
この段階では、まだ“思想”ではありません。
積み重なった現実です。
彼はなぜ「救い」だと信じたのか
彼の中で、「救い」という言葉はどのように形作られたのでしょうか。
父親はかつて、自分が重荷になることを恐れていました。
尊厳を失うことへの不安も口にしていたはずです。
その言葉は、息子の中に残り続けます。
介護が長期化し、生活が破綻寸前にまで追い込まれたとき、彼の思考はひとつの結論に向かいます。
「終わらせることが、苦しみからの解放になるのではないか」
ここで初めて、“殺す”という行為が、“救う”という言葉にすり替わったように見えます。
それは崇高な思想ではなく、追い詰められた末に生まれた自己正当化の枠組みだったと考えられます。
💡ポイント
・父の尊厳という言葉
・終わらせる=解放という発想
・追い詰められた思考の単線化
・言葉のすり替え
なぜ涙を見せなくなったのか
犯行直後、彼は折り鶴に残された父の言葉を見て泣き崩れます。
そこには確かに、迷いと動揺がありました。
しかし、その後の犯行では涙は見られなくなります。
迷いは次第に薄れ、行為は“使命”のような確信へと変わっていきます。
もし彼が「自分は救っている」と信じ始めたのだとすれば、
後悔は“必要のない感情”として押し込められていったのかもしれません。
追い詰められた状況の中で、彼は“正しさ”を自分の内側に築いていった。
だからこそ、涙は止まり、感情は凍っていったのかもしれません。
💡ポイント
・初回は動揺している
・徐々に使命感へ変化
・自己正当化の進行
・感情の麻痺
本当に彼に他の選択肢はなかったのか
制度は存在しています。
生活保護、介護サービス、地域包括支援。
理論上は、彼にも支援を受ける道はあったはずです。
しかし問題は、“制度があること”と“制度に辿り着けること”は別だという点です。
孤立、羞恥、相談できない心理状態。
追い詰められた人間の思考は、視野を狭めます。
選択肢は消えたのではなく、見えなくなっていた可能性もあります。
それでも。
だからといって、命を奪うことが正当化されるわけではありません。
ここに、この物語の残酷さがあります。
💡ポイント
・制度と現実のギャップ
・孤立
・思考の単線化
・正当化はできない
まとめ|動機は「悪意」だけでは語れない
彼の行為は許されるものではありません。
しかし、その動機を単純な悪意として切り捨ててしまうと、
この物語が描いた構造を見落とすことになります。
追い詰められた個人と、支えきれなかった社会。
その交差点で生まれた悲劇でした。
『ロストケア』は、犯人を擁護する物語ではありません。
けれど、私たちに問いかけます。
もし同じ状況に置かれたら、本当に違う選択ができるのか、と。

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