2026年10月13日、作家の志茂田景樹さん(86歳)が、要介護5となった現在の身体の状態を明かしたことが報じられ、注目を集めています。
かつて派手な髪色と個性的なファッションでテレビをにぎわせた志茂田さん。
現在は食事や着替えなど、日常生活の多くの場面で介助を必要としています。
なぜ要介護5になったのでしょうか。また、認知症も患っているのでしょうか。
病気の経緯や現在の姿、介護生活を支える家族、昔の写真まで詳しく見ていきます。
志茂田景樹はなぜ要介護5に?原因となった病気と経緯
志茂田景樹さんが要介護5になった背景には、関節リウマチと腰椎の圧迫骨折、以前から抱えている呼吸器疾患があります。
2026年8月のTBS NEWS DIGの取材では、関節の痛みや変形によって身体を自由に動かせなくなった現在の状況が明かされました。
2017年に関節リウマチを発症
志茂田さんは2016年ごろ、ジョギング中に右膝の違和感を覚えるようになり、2017年に関節リウマチを発症しました。
関節リウマチは、免疫の異常によって関節に炎症が起こり、痛みや腫れ、関節の変形などが生じる病気です。
志茂田さんの場合、肘や肩、手首、指にも変形があり、腕を動かすだけでも激しい痛みが出るといいます。
さらに、生まれつきとみられる気管支拡張症も抱えています。
本人によると、免疫を抑える薬の使用が難しく、少量の鎮痛剤を使用しながら痛みと向き合っているとのことです。
2019年の圧迫骨折から車椅子生活へ
2019年、志茂田さんは転倒によって腰椎を圧迫骨折しました。
このけがをきっかけに車椅子を使用する生活となり、要介護3の認定を受けています。
その後も身体機能の低下が進み、2022年3月には要介護4となりました。
関節リウマチによる痛みや手足の変形に加え、腰椎の圧迫骨折も重なったことで、日常生活に大きな制限が生じたのです。
それでも志茂田さんは、自身のブログやXでの発信、作家としての執筆活動を続けてきました。
2024年5月に要介護5に認定
2024年5月、志茂田さんは介護保険制度で最も重い区分となる要介護5の認定を受けました。
2026年10月13日までの公式Xへの投稿では、現在の身体の状態についても詳しく説明しています。
食事や着替え、ひげそり、排便などを一人で行うことが難しく、排尿についてもカテーテルを使用しているとのことです。
要介護5となった大きな背景は、複数の病気やけがによって身体の自由が著しく制限されていることです。
ただし、要介護5だからといって、認知症が進行しているとは限りません。
志茂田景樹の現在の姿は?86歳の生活と執筆活動
志茂田さんは現在86歳。自宅で妻の光子さんや介護スタッフの支援を受けながら生活しています。
2026年8月のTBSの取材では、ベッドの上でインタビューに答える現在の姿が紹介されました。
両腕の動かせる範囲は大きく制限され、無理に動かすと激しい痛みが走る状態だといいます。
食事も、フォーク1本で食べられるものに限られるなど、以前とは生活が大きく変わりました。
しかし、現在も自分の言葉で発信し続けています。
スマホでX投稿、執筆活動も継続
驚くのは、要介護5の現在も、自分でスマートフォンを操作し、小説の執筆を続けていることです。
手首や指に強い痛みがあり、スマートフォンを持ち続けることは難しいものの、置いた状態で指1本を使って操作しています。
音声入力も利用できるため、Xでの発信を続けられるそうです。
ノートパソコンのキーボードも、ゆっくり指を動かせば1分間に10文字ほど入力できると説明しています。
2026年8月のTBSの取材では、1日平均30分ほど、400〜600文字のペースで長編小説を執筆していることも明かしました。
さらに、今後は介護の現場を題材にした小説にも挑戦したいと語っています。
若い介護ヘルパーの恋愛なども描きながら、介護の問題を掘り下げたいという思いがあるそうです。
身体の自由が大きく制限されても、作家としての活動を諦めていないことが分かります。
志茂田景樹は認知症?要介護5でも会話はできる?
「要介護5」と聞くと、認知症がかなり進行し、会話も難しい状態を想像する人もいるでしょう。
しかし、要介護5は認知症の重症度ではなく、介護に必要な手間の大きさを示す区分です。
厚生労働省によると、要介護認定は、どの程度の介護サービスが必要なのかを判断するための制度です。
身体の自由が大きく制限されている場合、認知症がなくても要介護5に認定されることがあります。
反対に、認知症があっても、必ずしも要介護5になるわけではありません。
本人による認知症の公表はあるのか
2026年10月13日現在、確認できた本人の発信や報道では、志茂田さんが認知症と診断されたという公表は見つかっていません。
公表されている主な病気は、関節リウマチと気管支拡張症です。
2026年8月のTBSのインタビューでも、志茂田さんは記者の質問に答え、妻との関係や今後の執筆目標について自分の言葉で語っていました。
また、現在もXへの投稿や小説の執筆を続けています。
つまり、志茂田さんの要介護5は、認知症が重度になったという話ではなく、身体機能の低下によって多くの介助が必要になった状態として報じられています。
ただし、会話や執筆ができることだけで、認知症の有無を医学的に判断することはできません。
志茂田景樹を支える妻・光子さんと息子たち
要介護5となった志茂田さんの生活を支えているのが、妻の光子さんです。
2026年8月のTBSの取材時点で、光子さんは78歳でした。
妻の介護と夫婦の現在
2026年8月のTBSの取材では、妻の光子さんが食事を食べやすい大きさに整えるなど、日常生活を支えている様子が紹介されました。
志茂田さんは妻のことを「ママ」と呼んでいます。
長年連れ添った妻について、母親でもあり、友達でもある大切な存在として語っていました。
介護生活が長くなるなか、妻への感謝と深い信頼を寄せていることが伝わります。
ただし、光子さんだけですべての介護を担っているわけではありません。
訪問介護や訪問看護などのサービスも利用し、周囲の支援を受けながら自宅で生活しています。
日刊ゲンダイの取材では、一度は介護施設への入所を考えたものの、体験入所で体調を崩したため、自宅での生活を選んだことも明かされました。
身体の自由が制限されるなか、妻や介護スタッフの支えが現在の暮らしを成り立たせています。
2人の息子の現在
志茂田景樹さんには2人の息子がいます。
長男は下田順洋さんです。
カメラマンとして活動してきた人物で、2025年の日刊ゲンダイの取材では、タクシー運転手の仕事もしていると紹介されています。
次男は下田大気(しもだ・ひろき)さんです。
かつて俳優やタクシー運転手として活動し、現在は武蔵野市議会議員を務めています。
志茂田さんは2026年6月、自身のXで次男と一緒に映った昔の映像を紹介しています。
武蔵野市の公式議員名簿では「下田ひろき」と表記されています。
2人の息子もそれぞれの道で活動していますが、現在の介護をどの程度分担しているのか、詳しい情報は公表されていません。
志茂田景樹の若い頃は?昔の写真と現在の姿
志茂田景樹さんといえば、カラフルな髪色と大胆なファッションを思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、もともとは直木賞を受賞した実力派の作家です。
直木賞作家として活躍した時代
志茂田さんは1940年3月25日生まれ、静岡県出身です。
1976年に『やっとこ探偵』で小説現代新人賞を受賞し、作家としての活動を開始しました。
1980年には小説『黄色い牙』で第83回直木賞を受賞しています。
その後は小説やエッセイ、児童書など幅広い作品を手がけ、絵本の読み聞かせ活動にも力を注いできました。
1999年には「よい子に読み聞かせ隊」を結成し、全国各地で子どもたちに絵本の魅力を伝えてきました。
派手なファッションで人気だった頃
1990年代には、派手な髪色や奇抜な衣装でテレビのバラエティ番組にも数多く出演しました。
レインボーカラーの髪や大胆なファッションは、当時の芸能界でもひときわ目立つ存在でした。
志茂田さんは2026年2月28日、自身のXで昔の個性的な衣装姿を紹介しています。
志茂田さんにとって、ファッションは単なる目立つためのものではありません。
本人はXで、自分らしさを全開にしたファッションには自分の心が宿っているという思いをつづっています。
現在も髪にピンクなどの色を取り入れ、自分らしいファッションを大切にしています。
車椅子での生活となり、かつてのように自由に動けなくなっても、個性的な装いへの思いは変わっていません。
まとめ
志茂田景樹さんが要介護5になった背景には、2017年に発症した関節リウマチ、2019年の腰椎圧迫骨折、以前から抱えている呼吸器疾患があります。
2024年5月に要介護5となり、現在は食事や着替えなど、生活の多くの場面で介助を受けています。
認知症については診断を公表した情報が確認できず、要介護5だから認知症が重度であるとはいえません。
身体の自由が大きく制限されても、志茂田さんは自分の言葉で発信し、小説を書き続けています。
妻の光子さんや介護スタッフの支援を受けながら、86歳の現在も新しい作品に取り組もうとしている志茂田さん。
かつてテレビで見せた個性的なファッションだけでなく、現在も作家として生き続ける姿が印象に残ります。

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